2018年4月19日木曜日

『養生訓・飲食 上』(9):食事に対する感謝の気持ち

 貝原益軒が、「これはただ、自分の思いに過ぎないが・・・」と述べつつ、「食事に対する感謝の気持ち」を持つことの大切さを記述しています。
 
ゴマノハグサ科アカヤジオウRehmannia glutinosaの花(千葉大学柏の葉キャンパス薬草園にて・2018/4/12)
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  食事に対しては次の五つの「感謝の気持ち」がある。

一、幼い時には親から養ってもらい(食事を摂っていた)。あるいは親ではなく、兄弟・親族・他人からの養いを受けることもあった。

 成人後も、武士の場合は君主の恩のおかげで(食事を摂ることができる)。農家・工家・商家で自力で食べている者も、国の恩を受けている。これを思って、忘れてはならない。

二、食物はもともと、農家の勤労によって作り出されたものである。その苦しみを思って忘れてはならない。自らは耕作を行わず、安楽にして居ながら養いを受けていることに感謝しなければならない。

三、自分には、才能も無く、道徳的な行いもできないが、おいしい食事を摂ることができるのは誠に幸いなことである。

四、世の中には自分より貧しい人も多く、粗末な食事ですら摂ることができず、あるいは飢え死にする人もいる。現在の自分は十分な食事を摂ることができ、飢餓の心配もない。これは、たいへん幸いなことではないか?

五、大昔のことを想像しなさい。大昔には、米などの穀物は無く、草木の実・根・葉を食べて飢えをしのいでいた。しかし、今では白いご飯を軟らかく炊いて、温かい吸い物や、おかずを食べることができる。さらに、酒まであって、心を楽しませることができる。

(貝原篤信 編録『養生訓』巻第三 飲食 上から)

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 貝原益軒は、上記の五つの「感謝の気持ち」のうち、一つでも二つでも思い出して食事をすれば、日々の幸せにつながると述べています。(T.K.)

 底本は、千葉大学附属図書館によりデジタル化され一般公開されている『養生訓』(貝原益軒の没後百年にあたり刊行された版)です。